2007年06月20日

アーカイBS「ジャンケン娘」

なんだろう?この安心感。

元来持ってる資質なんだろうか?
それとも僕の先入観か?




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今は亡き日本芸能界の大御所美空ひばりと昭和30年代当時、人気を分け合ってた江利チエミと雪村いづみの3人が揃った青春娯楽ムービー!
歌や踊りも満載さ。



ストーリーは



阿佐見ルリと千明由美は女子高校の三年生。京都に修学旅行に行った時、加茂川のほとりで二人は一人の青年に写真をとられる。二人は、ルリの母で旅館「あざみ」を経営するお信の親父、おいねのお茶屋を祇園に訪ね、そこで舞妓の雛菊を知りあう。二人が東京に帰って間もなく、今度は雛菊が単身上京して来た。今度、芸妓になるについて、ハゲ頭の社長が旦那になることになったが、彼女には最近二度お座敷で会った大学生が忘れられず、一目会いたくて上京して来たのであった。



こんな感じ。





この時代(昭和30年)には珍しくカラー作品だったのだけど「3人娘」として人気爆発していた彼女たちの若さ溢れる個性と相まって、見るも楽しい作品になってる。


この辺の映画を見る楽しさのの一つは、当時の世相だったりファッションをはじめとする風俗事情が見られることで、それは高校の教室内風景一つでも「へぇぇ」って思ったりしてしまうのだ。







ストーリーも最近の日本映画にありがちないわゆる“アイドル映画”よろしく中身ゼロではなく、舞妓の雪村いずみは最愛の人とどうやって巡り会えるのかとか、江利チエミを気に入った青年はどうやってアプローチをかけていくのかとか、美空ひばりの家庭環境に若い彼女がどう折り合いをつけていくのかとか、興味をそそられるところが結構ある。


最後のほうは思わずホロッとしてしまいそうになるぐらい。




「笑って泣いて」みたいな文句がぴったりでそれでまた彼女たち一人一人の歌って踊るシーンがあったりするからまさに娯楽作として今見ても十分楽しめる。






因みに日本劇場で彼女たちそれぞれのソロの見せ場があるのだけどこの設定も自然で違和感がないんだよね。
普通、「ストーリーに関係ないじゃん!アピールタイムかよ!」って怒りが湧いてきそうなんだけど。







それにしても、





美空ひばりの存在感ってすげーね。



僕は彼女のことをほとんど知らないのだけどこの映画では可憐な高校3年生役で可愛さいっぱいだ。

だけど、ひとたび歌えば世界が完全に彼女のオンステージになっていく。
歌声にも引き込まれるのはもちろんだけど画面から目が離せなくなって、感動すらしてしまうよ。


このへんが大スターが持つオーラなんだろうか?


日本舞踊なんかもしっかり踊っちゃってるし。



「ま、参りました」と言ってしまいそうだ。
快く。心地良く。






当時すでに超多忙だった3人はスケジュールは合いそうになかったのだが
昼からはずっと劇場等で歌の仕事をこなし、夜中に集まって撮影をしていたそうだ。


因みに映画が一番の娯楽だったこの時代、この年の興行成績が3位だったからホントに多くの人が期待した、そして多くの人を楽しませた映画ということがわかる。




「ジャンケン娘」

(1955)

上映時間 92分


監督: 杉江敏男
脚本: 八田尚之
振付: 花柳啓之、縣洋二
出演: 美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ、山田真二、江原達怡、浪花千栄子
posted by はやし at 05:24| 熊本 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月18日

レンタルメモリ「ブロークン・フラワーズ」

ヌボォーっとしてるし、ルックスもそんなにいいわけではない。
けど、女にモテる奴って、いるよなー。

ぼかぁ、羨ましいよ。



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ジャームッシュの作る間がまさに職人技と思わせる、色んなことに思いを巡らせてくれるある意味、映画の面白さが詰まった作品。




ストーリーは




かつては多くの女性と恋愛を楽しんだ元プレイボーイのドン・ジョンストンは、中年となった現在も勝手気ままな独身生活を送る日々。そんなドンに恋人のシェリーも愛想を尽かして出ていった。そこへ、差出人不明のピンクの手紙が届く。便せんには“あなたと別れて20年、あなたの息子はもうすぐ19歳になります”と書かれていた。それを聞いた親友のウィンストンは、お節介にもドンが当時付き合っていた女性たちを訪ねて回る旅を段取りしてしまう。そして、気乗りのしないドンを強引に息子探しの旅へと送り出すのだった。




こんな感じ。





以前の恋人を訪ねるといえば「ハイ・フィデリティ」(2000)(主演ジョン・キューザック。ジャック・ブラックも出てる)を思い起こして、アレはアレで僕はけっこう好きだったんだけどこの「ブロークン・フラワーズ」はもっと人間について深みのある話が構築されてると思っちゃうな。



あと谷崎潤一郎の小説で「白蛇」ってなかったっけ?

多くを語らず如才なく佇む(しかもモテる)ビル・マーレイを見てるとその小説に出てくる男を思い出した。







仕事で成功を収め、生活に困らなくなった男は自由気ままに生きて、しかし、目標だったり生きる糧というのがない状態。

全てが受身の生き方に陥ってしまっている。
本人はそれに対してストレスを感じたりしていないのだけど。


しかし、それじゃイカンとばかりにおせっかいを焼く隣人がなんだかすごくいい奴に見えてしまうんだよね。






そしてその彼のプランどおりにもと彼女を訪ねるたびに出る主人公のビル。





シャロン・ストーンから始まって、ジェシカ・ラングなんてけっこう豪華な女優陣が登場するわけだけど最初は意外なくらいみんな素直にビル・マーレイの訪問を受け入れる。

ただ、肝心の自分の子供を産んだ女性なのかどうかがわからない。

ヒントとなりうるピンク色に関してはほぼ全員匂わせたりするけどね。






で、見ていると過去に遡るにつれて再会が段々とつらい感じになっている。
まるで、過去を振り返り過ぎるのはよくないことなんだと警告されるが如く。

そして、それは彼の人格変化の証だったのかも。
若いときにはつらい別れ方をしてるけど歳を重ねるごとに(よく言えば)柔らかくなったビルはいい関係のまま別れる術を身につけてしまったとかね。






ただ、受身だった彼の生き方がいやいやながらも自分で動いた結果、能動的な衝動が生まれる。

ラスト近くでね。




しかし、自分が数々の女性に対して気付かぬうちにやっていた仕打ち、その精神的苦痛というか、うまくいかないときのモヤモヤ感、単純に言うとストレスに打ちのめされてしまうわけだ。





思うが侭にいかないことで気づかせる、それを象徴するラストの一回転ショットとビルの表情は凄く印象に残ったし、なんとなくジーンときてしまったよ。



まさに僕の思い込みな感想なわけだけどそうやって例えば自分をも振り返らせてくれるような思考の時間を与えてくれるジャームッシュの間ってホントに好きなんだよね。

話が見えないという感想もあるだろうし、退屈だと言う人もいるだろうけど僕は大好きな映画の一つだ。






因みにラストの車からじっと見てる若い奴はビル・マーレイの実の息子なんだって。

あと、久々に見たクロエ・セヴィニーがやっぱり可愛くて健康的な役柄でよかった。。




BROKEN FLOWERS

(2005)

上映時間 106分

「人生は思いがけない驚きを運んでくる」


監督・脚本: ジム・ジャームッシュ
出演: ビル・マーレイ、ジェフリー・ライト、シャロン・ストーン、フランセス・コンロイ、ジェシカ・ラング、ティルダ・スウィントン、ジュリー・デルピー、クロエ・セヴィニー
posted by はやし at 03:15| 熊本 ☔| Comment(14) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

アーカイBS「ディープ・ブルー」

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この世界にはまだ人智を超えた世界が山のようにある。
あ、海の話だけど。



海はひろいなおっきいなドキュメント。
頭いいサメが人を襲う話(1999)ではない。
タイトル全く一緒だけどね。



えっと、ストーリーつーか、内容は


撮影に4年半もの歳月を費やし、200ヶ所ものロケ地をめぐって撮り上げた合計7000時間に及ぶフィルムを基に、深海5000メートの未知の世界から、お馴染みの生き物たちの知られざる生態まで、“海の神秘と美しさ”を余すところなくカメラに収めている。

こんな感じ。




いやぁ、元々僕はNHKなんかであってる地球の生き物をじっくり撮ってみたよ的な作品は好きでよく見てたのだけど当然海の映像なんかもよくあってて、それを見てきた僕を楽しませてくれるのかい?なんて思って見てみた。



結果、面白かった。

初めて見るような映像が多くて、かなり興味をそそられたよ。


巨大なシャチがアシカの子供を海辺で襲うシーンは散々予告で見ていたけどやっぱり衝撃。
アシカを海まで引っ張っていって放り投げて疲れさせるんだけど尻尾で跳ね上げたらポーーーーンと凄く高く飛ばされるのね!!
すっげぇ力!あの力だったら人間も軽々と跳ね上げるんだろうな。
バックが太陽でちょっと芸術的ショットでもあったよ。



あと、出世魚たちが集団で竜巻のような状態を作ってるのを見たときには「ぎょへー」ってビックリしたし。

皇帝ペンギンが海から陸に上がるときのあのミサイルのような動きと速さにも面食らったし。

何より、人間が潜れないほどの深い深い海に棲む魚たちのその姿のなんと斬新なことか!

なんで光ってるの??
なんで透明なの??
なんでそんなフォルムなの??


水族館感覚で見ててわくわくした。




この映画、日本でも2002年にNHKで全8回のミニ・シリーズとして放映され大反響を呼んだドキュメンタリー番組「海・青き大自然」で使われた素材から、スペクタクルなシーンを中心に厳選、劇場版として再構成したんだって。

なるほど、音楽の使い方が似てるなぁと思ったのも納得。





眠くなると言う人もいるけど、ゆったりした気分で味わってほしい海物語。




「ディープ・ブルー」(2003)

上映時間 91分

「誰も見たことのない世界を見せてあげよう」


監督: アラステア・フォザーギル、アンディ・バイヤット
演奏: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ナレーション: マイケル・ガンボン



posted by はやし at 20:23| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

アーカイBS「麻雀放浪記」

ああ、麻雀してぇなぁ。。




と、思ったからではないけど、
見たことなかったんでちょうどよかった。


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若き雀師のお話。モノクロ。

ストーリーは

敗戦直後の上野。青年・哲は、ある日、以前バクチを教えてくれた上州虎と偶然会う。虎に連れられチンチロ部落に足を踏み入れた哲は、なけなしの金でプロのバクチ打ちであるドサ健の張りにノッた。おかげで相当勝ったが、その大半をコーチ料としてドサ健にとられてしまう。再びドサ健と会った哲は今度は二人で麻雀が行われてるナイトクラブに出向くが…。

まぁ、こんな流れ。




まだ主演2,3本目かな?
真田広之がわっけぇのなんの。
紅顔の美少年だな。
画面白黒だけど。


その真田演じる哲がさまざまな博打打ちと出会って、さすらいのギャンブラーとして成長していくんだけどね。

前半は楽しめるのよ。
いかにもインチキくさいおっさんと組んでマージャンで荒稼ぎしたり、ヒモチンピラと対決したりで。



でも、中盤から鹿賀丈史演じるドサ健を中心とした人生模様にシフトチェンジしちゃってて、で、それもめっぽう暗い話だから見ててかなりテンション下がっちまう。

リアリズムの模倣と言えば聞こえはいいが。



ドサ健中心の話も悪くはないけど哲をもっと中心にそえてほしかったなぁ。




ドサ健の恋人役に大竹しのぶ。
悪い男から離れられない無垢な女がばっちり合ってる。

それと哲が恋するナイトクラブのママ役に加賀まり子。
フェロモンむんむんで真田を虜にしちゃうのね。
ありゃ、男はイチコロだろう。




監督の和田誠はキネ旬でイラスト書いてる人でコレが初監督作品。
角川さんに絵コンテ見せたら「おめぇが監督しろよ!」と言われてその気になったんだって。



えっと、原作が読みたくなったっす。。




「麻雀放浪記」(1984)

上映時間 109分

監督: 和田誠
製作: 角川春樹
原作: 阿佐田哲也

出演: 真田広之、大竹しのぶ、加賀まりこ、内藤陳、篠原勝之、天本英世、名古屋章、加藤健一、高品格、鹿賀丈史
posted by はやし at 16:55| 熊本 ☀| Comment(1) | TrackBack(6) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

劇場進行記「HINAMI」


ついにプレミア上映会終了。


1部2部ともほぼ満席状態で1部は立ち見も出たそうだ。
会場は1800席だからねぇ。
この動員力には恐れ入る。

僕が捌いたのは100人ちょっとだったからね。





当日、僕は舞台進行協力とキャスト対応係だった。



ほぼ前日にまとまった進行台本を見ながら朝10時からステージを使って確かめてみる。
今回主要キャストの舞台挨拶は5人。

大阪から寿さん、東京からトム君、千葉から桐谷さん、そして熊本の軸丸さんと鶴田さんのお二人。




それぞれ、一言コメントをもらうことにした。



さらにエキストラ等の熊本キャストの皆さんが6〜7名。



彼らは壇上で挨拶。コメントはナシ。



熊本キャストの皆さんが入り時間がバラバラで少々焦ったものの滞りなく説明を終え、本番に臨む。






いざ、開場。



ゾクゾク集まる観客の皆さん。


首にかけたインカムのイヤホンから忙しない会場整理の声が届く。



一気に緊張感が増す。



開演。



僕はマイク受け渡し、ステージ上でのもしもに備えキャストの皆さんと壇上へ。



ぎっしり埋まった観客席。
知り合いがかなり来てる筈だけどあまりの多さに誰一人として見つけられない。
とにかく、人の多さに圧倒された。


「歌手ってこんな大勢の人たちの前で歌うんだなー」とか

「舞台俳優は頭真っ白になったりしないのかな」とか考えてた。



主要キャストの皆さんはそれぞれの個性を生かしたコメントを仰ってた。



個人的には2度目のトム君のコメントがちょっと面白く、ステージ上で声を上げて笑ってしまった。



上映が終わる。


司会の締めの言葉が響くと同時に主要キャストさんたちにサイン会の準備をお願いする。








終わった。







特に大きな問題もクレームもなく終わった。





映画の感想は、



見た人それぞれだった。


それでいいんじゃない?




そしてスタッフで打ち上げ。2次会3次会。
僕は酒、飲まなかったけどね。







さて、この得がたい経験・絆を生かし、いかに形にして楽しむかが今後の僕の課題である。







すべて、「終わり」は「始まり」であるし。




その前に映画見よう。
今年に入ってまだ1本も見てないから。
posted by はやし at 08:39| 熊本 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

レンタルメモリ「ラブ・アクチュアリー」

らぶ・あくちゅあり.bmp




「クリスマスの夜、10人以上の群像劇、テーマは愛」つながりで。

恋人と見るにはうってつけのあったかラブストーリー。




ストーリーは

12月のロンドン。
クリスマスを目前に控え、誰もが愛を求め、愛をカタチにしようと浮き足立つ季節。
新たに英国の首相となったデヴィッドは、国民の熱い期待とは裏腹に、ひと目惚れした秘書のナタリーのことで頭がいっぱい。
一方街では、最愛の妻を亡くした男が、初恋が原因とも知らず元気をなくした義理の息子に気を揉み、恋人に裏切られ傷心の作家は言葉の通じないポルトガル人家政婦に恋をしてしまい、夫の不審な行動に妻の疑惑が芽生え、内気なOLの2年7ヵ月の片想いは新たな展開を迎えようとしていた…。


こんな感じ。


制作が「ノッティングヒルの恋人」「ブリジット・ジョーンズの日記」のスタッフと同じでイギリス作品らしい皮肉がきいたユーモアが全編通して感じられます。


で、
コテコテなんだけどね。
お話一つ一つは。

たくさんのエピソード、登場人物にそれぞれ感情移入できるんすよ。
恋のさやあてにおけるちょっとした感情の駆け引きとか。
ホント、微笑ましい。


かと思えば純粋な気持ちを押し通し続けるものがあったりとか。
言葉にはしないけど最高に信頼してる友との関係とか。
初恋ファイヤーとか。


観てだいぶ経つけどそれぞれの話や場面を結構覚えてるということはそれだけ印象に残ってるってことで、自分の経験にシンクロするところだとか願望とかが軽やかではあるけどしっかりと描かれてたんじゃないかな。


言葉が通じないけど気持ちを伝えたい小説家の話も良かった。
空港を駆け出す少年も良かった。
それを後押しするリーアム・ニーソンもナイスだ。
イギリス首相の恋も楽しかった。
夫婦の話は切なかった。



で、僕が特に気に入ったエピソードは(多少ネタバレです)




親友の奥さんを凄く好きなんだけど、親友の奥さんだけにそんなそぶりを見せずに逆にその奥さんには「自分を嫌ってる」と思わせる態度を取るんだけどクリスマスの夜についに意を決する男の話。

夜、ドアのチャイムを鳴らした男は出てきた奥さんに自分の想いを綴った紙を無言で見せる。
そして、無言のまま去る。

「enough」

「充分だ、報われた」

という言葉を呟きながら。




くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

せつねーぞ!!!!!!!!

たまらんね。





それと、障害を抱えた弟を持つ女性の話。

職場の同僚に長い間片思いをしていてそれがようやくうまくいきそうになるのだけど、一番大事なときに弟の世話をしなければならなくなる。
要するに恋は成就しない。

しかし、身内を選ぶこれも家族愛。
「自分」がいなければ誰が弟に本物の愛情を与えることが出来るのか。
自分を犠牲にしてでも。
確かに自分の人生は自分のものだからまずは自分の幸せを考えることがよりいいのかもしれない。
が、家族の絆には理屈はない。
彼女は弟を選んだ。
彼女の本能としての愛なんだろう。

これを描けるのは凄いと思った。
ここを甘い締めくくりにしてないところがこの映画のグレードをグーーーンと上げたね。

逆に言ったら他のエピソードのハッピーな部分がまた対となって印象に残すことになったと思う。




総じて、
映画全編、わかり易さの中にも「行間を読ませる」演出が施してあり、群像劇としてはいい映画。

で、幸せな気持ちにもなれるからクリスマスにはオススメ。

一人で見ても幸せな気分になれます。



余談だけどモテモテになることを夢見てアメリカに渡るちょいオツムの軽い男が実際にアメリカでモテてしまう話はアメリカとかアメリカ人を思いっきりバカにしてるんじゃないかと思う。

「こんな男がアメリカ人にはちょうどいい」みたいな、ね。


あと、この監督は肉感的な女性が好みなのか?
劇中、多くない?
「ブリジット〜」といい。
いや、僕も好きだけど。




LOVE ACTUALLY(2003)

上映時間 135 分
監督・脚本:リチャード・カーティス

「19人が織り成すそれぞれの愛のカタチ――それはあなたの物語(ストーリー)。」

出演:ヒュー・グラント、リーアム・ニーソン、エマ・トンプソン、アラン・リックマン、コリン・ファース、ローラ・リニー、キーラ・ナイトレイ、ローワン・アトキンソン、ビリー・ボブ・ソーントン、ビル・ナイ、マルティン・マカッチョン、ロドリゴ・サントロ 
 
posted by はやし at 22:15| 熊本 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

劇場感染記「大停電の夜に」


昔は電気なんてなかったんだよぉ!
昔は携帯なんてなかったんだよぉ!



だからなんだ?



時代の流れには乗ります。
便利さは甘受します。

そしてスローライフに時々立ち返ればいいというスタンスです。




はい、映画には全く関係ありません。

大停電.jpg



試写で見ました。


クリスマス・イブの夜の東京に大停電が起こったら、という設定で描く群像ラブ・ストーリー。
停電という思いがけない事態ゆえに引き起こされた、12人の男女それぞれが経験する一夜限りの物語。



まぁ、主要な人物が12人も出るから、
そんでそれぞれがストーリーを抱えてるから、
多少は(意図するしないに関わらず)交わり合うところもあるわけで。


主要人物挙げるよ。

豊川悦司 
田口トモロヲ
原田知世
吉川晃司
寺島しのぶ
井川遥
阿部力
本郷奏多
香椎由宇
田畑智子
淡島千景
宇津井健


結構いい役者が出てるんだけど、
一つ一つの話があんまりグッと来ない。
偶然の絡みも「なんとなく」って感じ。

演出が薄っぺらいんだろう。
どこかで見た話ばかり。

そりゃ、映画がエンターテイメントである限り、観客に向けてのある程度のわかり易さは必要だけど。
金取る以上、独り善がりなんて問題外だけど。
あ、僕は試写だったけど。




僕は演出ってのはその人の生き様が如実に出てしまうもんだと思ってる。




残念ながらそういうことだ。






一斉停電ならもっとパニックになるだろうよ!
大都市TOKIOならよ!



クリスマスの贈り物ってか?


甘い甘い。







それでもね!


停電になったときに蝋燭だけの火で灯すのも落ち着いていいねぇ♪
蝋燭だけの灯りって和むねぇ♪


部屋暗くして4連か5連の蝋燭台の上の蝋燭だけにしてシャンパン飲むのってイカスねぇ☆

クリスマスはこれだな!!












相手いるのかよっっ!!




自分でツッコんでおきました。
posted by はやし at 07:08| 熊本 ☔| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

追記;「ライフ・イズ・ミラクル」


LIFE_IS_A_MIRACLE.jpg


1992年はサッカー史に残る出来事が起こっている。

4年に一度、ワールドカップとは別にヨーロッパで一番強い国を決める欧州選手権というものがある。

この年、本来予選突破した国の代わりに出た(本来は予選敗退の)デンマークはあれよあれよという間に勝ちあがり、ついには下馬評を覆し、ドイツとの決勝戦までも勝利し初優勝を遂げた。


サプライズだった。


ピッチ上に立つ筈のなかった彼らの勝利。
もちろんデンマークの選手達は初タイトルに喜びを爆発させていた。




チャンピオンとなったデンマークではなく本来その戦いの場に身を置くべきだったチーム。







それがユーゴスラビア代表だった。





国内の紛争が原因で出場権を剥奪されたユーゴスラビア。

後にJリーグにも来たピクシー(妖精)ことストイコヴィッチの哀しげに練習場を後にする写真がサッカー雑誌に載っていた。







上映中、これがフラッシュバックとなって僕の脳裏に甦った。




主人公、ルカの息子はサッカー選手を夢見ていた。

そんな状況じゃなくなった。



最悪の状況の中、ルカは自分を見つけた。

生きることも危うい中での自己の確立。



まず、自分ありきで「人生とはすばらしい」。


劇中の音楽もすばらしい。



この賛歌には「有難う」と言いたい。











posted by はやし at 06:50| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月09日

劇場感染記「ライフ・イズ・ミラクル」


僕個人の圧倒的支持を得て今年No.1映画が決まりました。






心底待ってたエミール・クストリッツアの最新作。
現実と寓話が畳み掛けるように迫ってくるステキすぎる一本。



この映画、実際に捕虜の女性と恋に落ちた男性の物語をヒントに作ったらしい。
戦時下だよね。
でも、1992年なんだよね。
この現実感は凄いよ。








今の日本人(=僕)には理解できる世界じゃないかもしれないけど絶望感が胸に突き刺さる。
強烈に。

それと対比するように登場人物たちは明るいのだけどそこにまた切なくさせられる。


戦争を起こす一部の人間達に対して自分達はどれだけ無力なのが悟った上での人生。
極限下において剥き出しにされる人間性。
動物としての本能の愛。

これらが自由奔放に描かれている。
ただ「高い」と形容するだけではかなり違和感のある「異様な」テンションをともなって。






人間の生きる力って凄い。



生命力。



この映画は人生における「奇蹟」を表向きのテーマとして描いているのだろうけどその根本に見出されるものは人間の生命力じゃないかと思う。


生まれた瞬間から死に向かう人間はその間逆の生に強く固執することによって自らの智を超えた奇蹟を起こすことができるのだ。
そう、思わずにいられない。


さらに



その生きようとする欲求は人間だけの特権であるはずもない。




であるからして、クストリッツアの映画には必ず「脇役」として動物が配置される。



同じだ、ということで。


劇中、セルビア人のルカ(主人公ね)とムスリム人のサバーハが互いに全ての理性を捨てて初めて愛し合うシーン。
彼ら二人は大地そのものの上で裸になって抱き合う。
ここがまさに象徴的なシーン。
人間も自然界におけるただ、単に一種の動物なのだというとてつもなく大きな俯瞰。



その一方、ストーリーの一つ一つバラバラになりそうな場面でのロバの存在感。
話をぎゅっとボルトで締め上げるように登場してくるその存在の大きさ。
奇蹟を成し遂げる手助けをするロバ!!
自殺願望を思いとどめたロバ!!





自然界にある全ての「愛」は偉大だ。
理由付けなんていらない。
生きうるためにただ「愛」が必要なのだから。
生きるための本能が「愛」という見えない概念を作り出す。
説明できる代物であるはずがない。





ヒトはそこに「奇蹟」を見る。






posted by はやし at 04:10| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

劇場感染記「チャーリーとチョコレート工場」



雑感シリーズ。

待ちに待ってたティム・バートンとジョニー・デップタッグの最新作。

ロアルド・ダールの世界的ロングセラー児童書『チョコレート工場の秘密』を映画化したもので一度1971年に映画化されてるからこれが2度目。



ちゃりちょこ.jpg






バートンの世界観ってホントにわくわくする。
ゾクゾクするといってもいいけどなんだろう、この懐かしい気持ちは。



彼は一貫して異形なものに愛を注いできたわけで、何故ならそこに純粋なものを敏感に感じ取っていたからと思われ、もちろん自分が実際に生きてきた中での実体験というか実体感があるってことがバックボーンとして絶対に無視できないところなんじゃないかと思う。



異形であるが故、最初から遠ざけられてしまう存在たち。
人というのは自分の頭の中で強大なモンスターを作り上げてしまうからね。
しかしコミュニケーションを取ってみない事にはそのモノ(あるいはヒト)の本質には近づけない。
見る人たちにスクリーンと否応なしにコミュニケーションをとらせる、これがバートンが映画に見出した幸福だったのかもしれない。



だから「どこか切ない」空気を映画の中で表現できていたのだろう。
登場人物たちは自分の分身であり、彼らから「僕は僕なんだよ!ありのままの僕なんだ!もっと目を凝らしてみてくれないか!」とのメッセージを送りつづけていた。

あ、「PLANET OF THE APES 猿の惑星」は除く。




が、しかし!


バートンの内面が多少の変化を起こした。


リサ・マリーとの結婚を機に。


隣を見れば常に自分を心から愛してくれるヒトがいる。
それはバートンの内面の凝り固まった(そしてそれは創作意欲の源になっていた)ストレスを緩やかに溶かしていく。
ごく当たり前で普遍的な愛情を享受することによって当然映画の方向性も普遍的な愛情へとシフトしていった。



「ビッグ・フィッシュ」を見れば一目瞭然。


まぁ、リサ・マリーとは別れたけど「猿」の撮影のときからヘレナ・ボナム・カーターと付き合ってて子供も出来たもんね。
(籍は入れてないらしい)



で、このチャリチョコ。

一見、家族愛を朗らかに謳ってはいる。
多少ブラックな演出はあるものの。
清貧とかもね。

でも、その裏で

原作が児童書という隠れ蓑を被って現実と理想の対比を容赦なく子供の世界に映し出している。
彼のこの作品でのスタンスは現実に非常にシビアでありながら理想にはとことん甘い。
ラストはまさに絵空事だ。持たざるものの夢物語。

あっ!だからチョコレート工場かっっ!


実際、あの主人公以外の子供たちを描きたかったんじゃないかという気すらする。

「こんな家族、嫌だろ?
でも、多いんだよ最近。」
みたいな。
恐らく自分が一番嫌悪してるのだろう。
で、この対極にあるもの(理想=自分が目指すもの)が世間では単純に珍しいからそれだけ映画のネタになるということなんだと思う。


と考えるとダークで毒な部分に今回は人のワルイ悪戯が加わってる。
「複雑な気分にならないかい?」




「人気あるし、ファンがついてるからたまには自分の作りたいものを作ってみるか。
ブーイングが出ない程度で。
ジョニデもいるから致命傷にはならないだろ。」




「でもやっぱりフォローしとかないとね。」

「フォロー」=「コープスブライド」





以上、見当違いな雑感でした。




結局、僕自身はこの映画には「いまさら」感を強く感じちゃって、ストーリーが動き出す中盤からはどうにも見ていてだるかったんだけども。
「コープス・ブライド」で口直しかな。



posted by はやし at 09:34| 熊本 ☀| Comment(7) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

劇場感染記 「シン・シティ」


映画館で見たんだけどね。
何本か。


ちょっと前だから、なんとなく力入れて感想を書く気になれず。



ほら、あれだ、




「シン・シティ」見たぁ?




とか会話に出てこないじゃん?



なので雑感を若干思い出しながら少々。



シン・シティ.jpg




アメコミだそうです。
出てる人は結構豪華。
イライジャ・ウッドとデヴォン青木が良かった。
「スパイキッズ」ではお母さんのカーラ・クギーノはナイス目の保養!
ミッキー・ロークはもっと背筋が寒くなるほどの恐さが欲しかった。
しかし、変わったねぇ・・・
猫パンチ野郎も・・・
マイケル並に。
あとの主役二人の男はもっと迫力が欲しかった。
演出にボンバイエ、いや、文句言え?
ジェシカ・アルバはもっと派手な見せ場を作って欲しかった<これも?
デニトロは・・・無念。


とりあえずワルな奴らが女のために必死にバイオレンスって感じ。
パートカラーといわれる映像はちょっとカッコ良かった。

3人寄らば悪ふざけ。
ちなみにデニトロとクライヴ・オーウェンが車の中で二人きりになって会話するとこをタラが演出したらしい。


なんか、刺激も中途半端だったんだよねー。
かなりグロイけど。


僕が劇場で見たときは後ろに若いカップルが座ってたのだけど終わった後どうにも微妙な空気が流れていた。
そりゃ、ひくだろ。





posted by はやし at 06:44| 熊本 ☁| Comment(1) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月29日

劇場感染記「ライフ・アクアティック」

LIFE AQUATIC.jpg

現実と理想の狭間でもがきあがいたことないかーい(豊っぽく)
自分が何かを成し遂げようとするとき必ず何かが犠牲になる。
多くの人が語ることではあるがわかっていてもはっきり犠牲にするものが見えない人が多いのでは?
かく言う僕もその一人。
だからこそこの映画の切なさが胸に迫る。
天才ウェス・アンダーソン監督の最新作。
おちこぼれ海洋冒険ストーリィ!!

主役のズィスーは海洋学者にして海洋ドキュメンタリー映画の監督。
冒険をフィルムに残しそれをドキュメント映画として公開して資金を稼ごうとしてる。
チーム・ズィスーはその道のプロばかりではなく、どこか間の抜けた良く言えば個性的、悪く言えばおちこぼれた人間ばかり。と単位がほしい大学生達。
彼らに共通しているのはときに勇ましく頼りがいがあり、時に自分勝手で傲慢でスケベなズィスーを慕っていること。(学生は単位ほしさに従うのみ)

ズィスーをはじめ、クルー達は一生懸命なんだけど、なんだかずれてるため、その行動や会話が、どことなく可笑しい。
この微妙な感覚がアンダーソンの妙味で、徹底的に笑いを目指してるわけでなく、脱力系で統一されてるわけでなく、その中間というホントに説明するのが難しいところで、だから僕の表現の仕方も曖昧に濁すしかなくなってしまう。

まぁ、思い返してみればストーリー自体は大したことはない。
最近、以前の名声に陰りが見えるため「今度こそは、一発当ててやる!」と新たな冒険に出ようとするズィスー。
それには、前回の冒険でジャガーザメに食い殺された仲間の敵討ちという目的もあった。


アンダーソンの映画はとにかくキャラの個性をその独特のセンスで作り上げる映像、セリフ(と彼選曲の音楽)の上に際立たせるのが特徴(だと思う)。
様々な障害をそれぞれが、真面目なんだけどオオボケといったスタンスで乗り切っていく。

つーか、出演者、元々アクの強い面々なんだけどね。
ズィスー役のビル・マーレイはもちろん、コメディが好きで好きでたまらないという雰囲気を醸しつつ、シリアスな演技もこなすオーウェン・ウィルソンとか、ここでは泣けてくるほどとぼけた味の怪優ウィレム・デフォーとか真面目な顔つきがなぜか可笑しいケイト・ブランシェットとか、大ボス風情満点のアンジェリカ・ヒューストンとか・・・
ね、
ラーメン食べた後のゲップみたいに濃いでしょう?

らいふ・あくあてぃっく.jpg


後でじわじわ来るようなブローを笑いのツボに当てられながら話は展開するのだけど、ぼろぼろになったチーム・ズィスーがたどり着いたものを見たときに不覚にも涙がこぼれそうになった。


そうだよなぁ、やりぬいた者だけが見える風景ってあるんだよなぁ。


そこに至るまでズィスーはいろいろなものを犠牲にしている。

だから、ラストシーン、喝采を受ける場面であんな表情を見せたのだろう。
「バカでゴメンね」と。

バカでも憎めない。
まして狭い船の中ですごすからチームは他人同士とはいえ、家族同様。
絆は深い。
実のところ、「家族のまとまり」に郷愁を感じながら期待しているのがアンダーソン自身なのかもしれない。
前作「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)もバラバラになった家族の(一応の)再生の物語だったし。
傑作だったし。

僕が考える名監督の共通項、「人間をごまかしなく描く。」を軽やかに実践している映画でございました。

ネットをはじめどこそこでこの映画に対しては批判的な意見が多いけど・・・・


ちなみに海の生き物の造形は「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993)のヘンリー・セリック。
カラフルでファンタジックな生き物は目を楽しませてくれますよ!
僕がはまったのは「クレヨン・タツノオトシゴ」と「キャンディー・ガニ」。

もひとつちなみに劇中流れる曲にデビッド・ボウィをポルトガルでカバーしたのがあって、これがまたかなりいい雰囲気!


THE LIFE AQUATIC WITH STEVE ZISSOU (2005)
上映時間 118 分
「人生は、海だ。
広く、深く、そしてショッパイ。
荒れる日もあれば、穏やかな日もある。
永遠の謎を秘めた、美しいもの。」

監督・製作・脚本: ウェス・アンダーソン 

出演:ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、ケイト・ブランシェット、アンジェリカ・ヒューストン、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム、マイケル・ガンボン


posted by はやし at 09:35| 熊本 ☔| Comment(2) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月28日

四方山ぽろぽろ


昨日からの流れで。

とにかくあまりの人気ぶりに数々のシリーズ物が作られ、僕は全部は見ていないのだけど見た中ではZガンダムがいちばん好きだった。
リアルタイムで見た僕はまだ中学に入りたて(だったよな?)。

ということは

1stガンダムの頃はまだ小学生だったわけでその時分であんな難解なセリフやそれまでの子供アニメにはない戦争物としてのストーリー展開を理解できるはずもなく、じゃあなぜハマったかというとガンダムのプラモデルシリーズが当時の少年達の間で異常なほどのフィーバーぶりを博していたからだった。
がんぷら1.jpgグフ.jpg

こんなのね


僕も例外なく踊らされた。
ちょっと珍しいモビルスーツ(登場人物たちが乗るロボットの名称)が置いてあると噂されたならJR使って4つ先の町まで買い行っていた。

そんな全国的な加熱ぶりにガンダムは再放送が繰り返され、世の少年達は必死にテレビにかじりつき、何とか話についていこうとした。


否応なく戦争に巻き込まれていった少年達の青春。
(わりと)リアルな描写。
気の利いたセリフ。
敵味方関わらず戦死していくキャラたち。
人智を超えた能力を持つ人間、ニュータイプ。

それまでのアニメにない斬新さ。
うーん、こりゃハマル要素いっぱいだわな。

今見返すと政治的ストーリーもなかなか面白い。
何が正義で何が悪なのか明確に表現されないとこなんか、まさに現実。
ニュータイプを作るための洗脳とか絵空事ではないしね。

「宇宙全体の平和のためのある程度の清粛」ってどこかの国の大統領が似たようなこと言ってたし。

と、
ここまで書くとガンダムシリーズとスター・ウォーズサーガって似てなくねぇ?
SWの帝国はまさにア○○カのことでしょ?
若い人間が戦争を終結に導くし、フォースを持つもの=ニュータイプ。
ダークサイドに引き込む=ニュータイプへの洗脳。
作品が伝説と化しているところとかとか。

20年前の作品を現代の技術で焼きなおすところまで同じ。


そのガンダムの監督の富野氏。
思いのほかヒットしたガンダムプラモデルシリーズが販売元のバンダイに莫大な利益をもたらしたため巨匠のように祭りたてられることとなる。

彼はガンダムが終了すると全く違うロボットアニメを作っていったがそちらのプラモデルの売れ行きはさっぱりだったらしい。

であるからして、

スポンサーは
「もう一回ガンダムの話を作れ!そうだ!続編だ!!変形するのなんか登場させたらまた、売れるでぇ!」
とか何とか言って富野に圧力をかけたらしい。

そして、屈辱感をかみ締めつつ作り上げたのが「Zガンダム」。
その彼の心情を反映したのだろう、登場人物たちはどこかイライラしていたような気がする。
こんな形で作品を作るのはもう嫌だ!とばかりに富野は(ウケを気にせず)あえて暗いストーリーを作り上げていった。
あのラストなんかアニメ史上に残る○○○な感じ。(と雑誌に書いてあった)

しかし、その暗い内容がまたまたファンの心をわしづかみ。
皮肉なことにガンダムシリーズの人気は絶大なものになった。

当時、ハマって見たね。
1stの主役達が再度大人になって出てくるだけでワクワクしたし、思春期真っ只中だった僕は主役のカミーユのムチャクチャ切ない恋に打ちのめされた。
切ないってもんじゃなかった。ショックだった。

そう、10月の第2弾のサブタイトルは
「−恋人たちー」

あの頃の自分への「再会は躍動する魂」。
posted by はやし at 06:04| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月27日

劇場感染記「機動戦士Zガンダム A New Translation 星を継ぐ者」

Zがんだむ.jpg



昨日の記事とのつながりもちょっち考えて今日はこの映画。
僕は特にアニメオタクではないのだけど。
注! ここでの「アニメオタク」という言葉に差別的ニュアンスはありません。オタクとは自分の好きな対象に対して物凄く掘り下げる人に対して使う名称という側面もあるため、僕はアニメに対してそんなに知識がないから違うといってるわけです。アニメはかなり好きです。


いまや、アニメの枠を越えて伝説と化した感もあるガンダムシリーズの2ndGIG。
およそ20年以上前の作品でタイトルに A New Translation とついてるから多少内容が変わっている。
1stガンダム映画化のときも3部作になったがこのZガンダムも同じようにするらしい。


えーっと、ストーリーについて細かく語るには1stガンダムからしっかり書かなきゃ知らない人はわけがわからないと思いますが初めから綴るような知識も体力も気力もないので単純に今回だけの感想で。

良かったexclamation×2
と手放しで言えるのか自問自答してみるとそれは
「わからない」

僕は個人的にZガンダムはリアルタイムで見て大好きだったわけで1ファンとしてみたから久々の登場人物たちの声に感動さえした。
やっぱ、カミーユの声はしびれる。
シャアとアムロは全く変わらない!!
レコアとエマの声はさすがにちょっと老けたかなとか思ったりしたけど。
なんせ20年の時を経てるからね。
しかし、リアルタイムの感動と衝撃がいい大人になった今、フラッシュバックされる、劇場の大画面で味わえるということにテンションが上がるのは間違いなかった。

テンションは上がるがいいのだろうか?
20年前の映像と最新の映像をつぎはぎで繋げて。
最新の映像がそれはそれは見事にカッチョイイ出来栄えなのに比べてオリジナルの(TVの)映像はやはり苦笑ものだ。
どうせなら全部新しい映像にしてほしかったなー。


ストーリーもダイジェストでかなりの端折りがあるからはじめてみた人は詳しい人物相関とかわからないのでは?
50話からなる話を3部作にまとめるから致し方ないとは言え。
これはファンだけの贈る同窓会的ムービーか?

僕はファンだからいい。
というか満足してる。
でも、一つの映画として客観的に見たとき、自分の中に消化不良が起こるのも否めない。
(個人的にはカミーユの登場の仕方とジェリドのカミーユに対する怨の感情の盛り上げ方が物足りなかったりする。)

しかし、スター・ウォーズシリーズと同じで映画自体とそのファンの存在が伝説を作り上げたわけだからファンが「これでいい!」と思えばいいのかもね。

あの「寄らば切る」と言わんばかりのオーラを発し、とにかく神経衰弱ギリギリだったカミーユの描き方も優しく変化してる。
シャアも人間的余裕が加わってる気がする。
悪くない。

やっぱり数多く作られたガンダムシリーズの頂点かな。

3部作の第2弾は10月。

まぁ、絶対観にいくね。
だって、タイトルがこれだし。


機動戦士Zガンダム −星を継ぐ者− (2005)
上映時間 95 分
「再会は躍動する魂。とき放て、“Z”!!」

総監督: 富野由悠季




posted by はやし at 06:20| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

劇場感染記「スター・ウォーズ/エピソード3:シスの復讐」

ep3.jpg

ついに終わってしまうあの銀河系御伽噺。
レアル・マドリーにロビーニョ入団かよ!
オーウェン入る隙間はあるのか?オーエンしてるのに。

あ、スターウォーズでしたね・・・

いよいよ大スクリーンで新作と銘打たれたものを見るのは最後か。
なんて別に熱狂的ファンでもないのに感慨深くなったもんです。
と、同時に今回の話はアナキンがダーク・サイドに陥ちていく話であり、言わばエピソード4、5、6に繋がる途中の話。
その話でラストって「終わったなぁ、おい!!1、2、3、だぁース・ベイだぁー!!」なんて一緒に見た奴と鑑賞後、肩を叩き合って片腕を突き上げるようなカタルシスが得られるのか?といった疑問も少々あったりして。

結論から言うと上に書いた見る前の懐疑的な部分は鑑賞後は遠く惑星ダゴバまで飛んでいってしまっていた。
dagobah.jpg
ダゴバね。ヨーダが晩年いたとこ


例の壮大なオープニングからストーリーに入った30秒後、
「あ、これってアミューズメント・ムーヴィなんだよね!」
と思い、それからはまるでジェダイ・マスターの一員になったかのように「うむ、アナキン、貴様はまだ早い」とか「行けぇい、オビ=ワン!」とか、「ヨーダ、頼む!」とか「ああっ!メイスぅ〜」とか叫んでいた。心の中で。

もちろん突っ込もうと思えば突っ込む箇所はけっこうある。

が、
繰り返し言わせてもらうならこれは御伽噺である。
ある種のわかりやすさから「次は?次は?」と思わせるドキドキワクワク感があれば万事OKなのではないだろうか。

夢がありゃ、いいのさ!

そういった意味では正当な端折りが所々にある。

「そんな簡単にダーク・サイドに!?」とか思わないでよーし!

「銀河系を巻き込む戦争なのに局地戦でカタついてるじゃーん」とかいらーん。

わかりやすけりゃ、いいのさ!

だってスター・ウォーズだもの。

壮大なアミューズメント・ワールドなんだよーー。

「パルパティーンとアナキンが初めて精神的迎合をした時、逆光とは言え、二人が真っ黒のシルエットになったのは先を暗示してた。」
とか、
褒めてやれよ!

「愛情を強く持ちすぎると、執着心が生まれる。執着心は弱さを生む。」
ってセリフとか、
けっこう深く考えさせられたぞ!

アナキンがダース・ベイダーに陥ていく過程であるから暗くて悲劇的な内容ではあるけど僕はちょっと感動もしたぞ。

オビ=ワンの中間管理職的な大変さの中、それを超越した余裕もカッコよかったぞーー。
ナイスだ!ユアン!

ちなみにダース・ベイダーのマスクはスタッフの「日本の武士みたいでいいんじゃないっすか?」って提案にルーカスが乗ったらしい。


思えば20年以上も前からSWは映画自体、神格化されていたわけで、
しかし、ルーカスはずっとアナキンのストーリーだという思いを強く抱いていて、
EP1から作り始めたわけで、恐らくそれはファンのためと言うより自分(と自分の息子達)のために最終的に全構築したかったのだろう。

莫大なお金をかけて、ファンをはじめ、批評家(と批評家ぶった素人)にギャーギャー言われ、しかしやっぱり待望されて元を取るどころか利益まで得て、結局はそれが自分のために作ったものなんてSWでしかありえないだろう。
いや、
日本にもいた。ハヤオさんだ。

一つの作品への精魂の使い方が尋常でない為、「次は作らない」と発言するところなんて全く同じだし!

いかすぜ!オジさんたち!


とにかく、EP3をみたら4,5,6、をじっくり見直したい気になること請け合い。
それが永遠に続くSWサーガなのであり、映画界における金字塔の一つなのである。

カタルシスは充分あったよ。

R2とヨーダがすこぶるカッコよいし。
yoda_2.jpgyoda.jpg
CGヨーダとマペットヨーダ

r2_d2.jpg
えへん



STAR WARS: EPISODE III - REVENGE OF THE SITH  (2005)
上映時間 141 分
「伝説は完結する」

出演: ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン、イアン・マクディアミッド、サミュエル・L・ジャクソン、クリストファー・リー、ジェームズ・アール・ジョーンズ、フランク・オズ


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2005年07月22日

劇場感染記「コーヒー&シガレッツ」其の四


第9話 COUSINS?「いとこ同士?」
アルフレッド・モリーナ スティーブン・クーガン


「逆転敗訴」って紙に書いて走り出したくなるような心情を描いた小話。

ちょっとモリーナの人間像を極端に描いたきらいはあるけど短時間で二人の優位性が変化する話は単純に面白い。

「スパイク?スパイクってあのスパイク・リーか?」
「いや違う・・・・・・・・スパイク・ジョーンズだ」

レフト線2塁打だぁぁぁぁぁぁぁぁ!
2者帰って2アウトからぎゃくて〜〜〜〜ん!
ってとこね。

モリーナもクーガンもそこそこ売れてる俳優だから描ける話。
絶対ハリウッドにしかない空気がそこにはある。
クーガンはロス在住の設定じゃないけど。

モリーナは「レイダース/失われたアーク」(1981)でインディを攻める悪役として映画デビュー、その後様々な映画にスパイスの効いた脇役として活躍、「マグノリア」(1999)とか「死ぬまでにしたい10のこと」とか「スパイダーマン2」(2004)に出てる。
あのオクトパス博士がここではすごくモジモジしてる姿がちょいと愛らしい。

クーガンは元々イギリスのテレビやラジオで活躍してたコメディアン。
コメディ・ショーなども積極的に演り、ロンドンではショーの興行記録も作ったほどだそうだ。
映画は「24アワー・パーティ・ピープル」(2002)とかジャッキーと競演の「80デイズ」(2004)などに出てる。
「24アワー・パーティ・ピープル」はここでは会話のネタになってる。
モリーナに「あれ、良かったよ」とか言われて。


第10話 DELIRIUM 「幻覚」
GZA RZA ビル・マーレイ


うおおおおおおお!
ウータン・クランの二人じゃないすか!
一時期お世話になりました。
あなた方のレコードを何枚買ったことか・・・
有難う、青春!!<なんのこっちゃ

つーか、ビル・マーレイがふつうのおっちゃん風に店員やってるだけでウケル。

「あんた、ビル・マーレイか?」
「ここだけの話にしてくれ」

変なの。

本人役で3人もの有名人が出てちょっと変な虚構を作る。
これ自体タイトルでもある幻覚なわけで本物が作りものを作るってパラドックスがけっこう味わい深い。

映画は真実を映す時もありながら作り物の世界。
いやいや現実も虚構がありふれてるよ。
そもそもどこからが現実?夢は現実じゃないの?
誰か科学的に立証してくれ。

あ、まだ幻覚見るまでには至ってません。

RZAのほうは「ゴースト・ドック」で音楽を担当。
最近香港でカンフー映画の短編を作ったそうだ。
さすが!ウータン・クランの名前は伊達じゃないね。


第11話 CHAMPAGNE 「シャンパン」
ビル・ライス テイラー・ミード


人生の渋みをコーヒーの渋みに、タバコの煙に乗せて表現する先輩達。
コーヒーさえもシャンパンになる。
「人生を祝おう」という言葉に隠れる喜びとあきらめ。
地下室のような部屋で地球を語る世界観。
ついでにテスラコイルも出てくる。<だから、それ何?

儚い粋。

ラストにふさわしい作品。

「それは命取り」からラストまでは2003年にニューヨークで2週間で撮ったってさ。


全ての人に受け入れられる映画ではないかもしれないけど雰囲気を楽しんだ先にそれぞれが思うことがあればいいかな、と。
全11話.jpg


それでは、コーヒー&ムーヴィ&シガレッツで。


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2005年07月20日

劇場感染記「コーヒー&シガレッツ」其の参


第5話 RENEE 「ルネ」
ルネ・フレンチ E・J・ロドリゲス


いやぁ、ルネ姉さんカッコいいでゲス。
なんつーの?クールフェロモンってか?
ツンツンした感じでもないし。
女性が見てもカッコいいと思うんじゃないかな?

そのルネの午後のひととき。
一人で本なんか読んじゃってリラックスしてるところにロドリゲス扮する店員がコーヒーを注ぎに来る。
そして、勝手に注いでしまう。

おいおい、姉さんの邪魔するんじゃないよって若頭風に蹴りを入れたくなるね。
こんな空気読まないヤローには。
近づきたくなる気持ちはわからんではないが。

しかし、ルネみたいな人が身近にいたら「奉仕します!!」って言ってしまいそうだ・・・

実際、ルネ・フレンチはニューヨークで暮らしてる以外は謎のベールに包まれているそうだ。
うっきょ〜〜〜。

ロドリゲスはドラムやパーカッションを演るミュージシャン。
ダウン・バイ・ロー」や「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984)などのジャームッシュ作品に音楽を提供している。


第6話 NO PROBLEM「問題なし」
アレックス・デスカス イザック・デ・バンコレ


久しぶりの友人との再会。
急に連絡してきたら多少は「なんかあったのかな」とか思うのが普通だ。
以前何かしでかしてたら尚更。
僕なんか随分久しぶりに先輩に何の用事もなく電話したらいきなり「金はねぇぞ!」って言われたことがある。
失礼なっ!!

アレックスが「最近、何も問題ない。順調だ」と言ってもイザックは繰り返し「(呼び出したってことは)なんかあったんじゃないか」と聞き出そうとする。
かなりしつこい。病的にさえ感じる。

そのうちアレックスも「俺が順調ならダメなのかYO!」とプチ切れしだす。
しかし、それでもイザックは変わらず。

ここまでしつこくイザックが問いただそうとするのを見てるうちにやっぱりアレックスなんかしたんだよ。って思えてくるから不思議だ。
要はどちらが正しいのかわからなくなってくるってことで。
ある意味洗脳されたのかな?

しかしその数分で印象の範囲ではあるけど正と邪が入れ替わるなんて見た目や第3者の印象なんて当てにならないもんだ。

アレックスは(たぶん)フランスの俳優。映画だけでなく舞台もこなすそうだ。

イザックは最近では監督デビューも果たしたアメリカ在住の俳優で「ナイト・オン・ザ・プラネット」と「ゴースト・ドック」のジャームッシュ作品に出てる。


第7話 COUSINS 「いとこ同士」
ケイト・ブランシェット


ブランシェットの一人2役。
ハリウッドセレブそのままの彼女とその彼女に会いにきたやさぐれバンドマン風のいとこを演じ分けてる。

これが見た目も性格も全く別人で「さすがやなぁ」と思わされた。
彼女が色んな監督に引く手数多なのもわかる気がするな。

いとこだから仲良くしたい本音とあまりの境遇の違いに戸惑うセレブと劣等心丸わかりながら相手がセレブだけに仲良くしたい下心のミュージシャン。境遇が正反対ならお互いが抱える感情も二つの正反対なもの。

これを一人で演るってまさに見事。


第8話 JACK SHOWS MEG HIS TESLA COIL
 「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」
メグ・ホワイト ジャック・ホワイト


デトロイトが生んだガレージパンクブルース(なんじゃそりゃ?)バンド、ザ・ホワイト・ストライプスの二人。

理科系(であろう)二人のサイエンス・スウィートな一こま。
コイルを使って「じっけん!じっけん!」をしたくてたまらないジャックだがメグが余り興味なさそうなのでとりあえずコイルの話は出さない。

となると何も話すことのない理科系オタクはただ黙ってコーヒーを飲むだけ。
メグもとりたてて会話をしようとしない。

ただ、コーヒー&シガレッツな二人。
が、
けっこう長いこの間が後にジャックの想いの強さを感じさせることになる。
ま、あくまでも僕の印象だから、断言は出来ないのだけど。

結局実験するし、メグは「地球が・・・」って哲学的なこと言い出すし噛みあってなさそうなんだけどいいコンビにも見える。
羨ましいぐらい。
いいんじゃないすか?

で、テスラコイルってなんなのさ?



あと、もうちょっとだな。
今日はココアで、いやここらでやめときます。
あ、ココアにするか。



posted by はやし at 21:55| 熊本 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

劇場感染記「コーヒー&シガレッツ」其の弐


二人の存在感自体がギャグだった1話目に比べて、第2話は人間の生き方のギャップでちょっと笑わせる。

第2話 TWINS 「双子」
ジョイ・リー サンキ・リー スティーブ・ブシェミ


映画の画面が白黒なら、タバコの煙が白でコーヒーは黒。
そしてこの話には黒人と白人が出てくる。
人間としての違いはない。
が、アイデンティティの違いはある。
お互いが経てきた歴史から。

とか、考えずにジョイとサンキ姉弟の立ち居振舞いの同調性にニヤリとすればいい。
あんまり仲良くなさそうなところがなおさら彼らの同じ呼吸を浮き立たせてちょっとおもろい。
ブシェミは相変わらず空気読まないで一人浮いてる(役)。
メンフィスが舞台なので誰彼構わずエルビスのファンだと思ってるのが痛いし、逆にジョイに黒人ミュージシャンのルーツを教えられるところなんかやっぱりカッコ悪い。
ここんとこ、黒人と白人の文化の融合だ。
twins.jpg

「双子なんだから当たり前だろ。小さい頃から数え切れないくらい人から指摘されてきたからいちいち反応するのも面倒くさいんだよね」と言わんばかりの二人のクールさもいい。

さんまのバラエティでマナ・カナの同調性を何度も取り上げてさんまと周りが笑ってるのを見るとうんざりすることありませんか?

この第2話はジャームッシュがメンフィスで「ミステリー・トレイン」(1989) 撮影中に撮ったそうだ。
サンキは、あのベルボーイ役だったのか!
ブシェミも出てたね。

ちなみにサンキの実姉がジョイで二人はスパイク・リーの弟と妹。


第3話 SOMEWHERE IN CALIFORNIA
 「カリフォルニアのどこかで」
イギー・ポップ トム・ウェイツ


モノクロで絵になるミュージシャンだねー、二人とも。
ロックは詳しくないけどイギー・ポップぐらいは知ってるし、トム・ウェイツは大好きだぁ!!
で、お互い、本人として出てるのが嬉しい。
とりわけ、
会話の中にトムのミュージシャンとしての人気度へのプライドが見え隠れして楽しい。
音楽に関しては何気ない会話でも凄く神経質になって空気が悪くなったりして。
そんなときは、
そう、コーヒーをすする。
そして、「やめたけど」と言いつつタバコを吸う。
二人ともバカッコイイよ。
イギーとトム.jpg

自分自身を音楽で表現しながら周りの反応をを人一倍気にしてしまうこの愛すべき矛盾。

ちなみにトムのほうは「ダウン・バイ・ロー」で出演者としてジャームッシュと仕事してる。
それと「ナイト・オン・ザ・プラネット」の音楽は彼。
僕は彼の曲を夜中に聴いてると飲めない酒を飲みたくなる。
沁みるんだなー。
(一人身の)クリスマス・イブとかヘビー・ローテーション。

この話は92年に撮られて93年のカンヌ短編部門でパルム・ドールをとった。


第4話 THOSE THINGS'LL KILL YA
 「それは命取り」
ジョー・リガノ ヴィニー・ヴェラ ヴィニー・ヴェラJR


でたぁぁぁ、「カジノ」(1995)コンビ!!
リガノなんてあの声聴いただけですぐ近くに死体が転がってるんじゃないか?っつー恐怖感をおぼえるね。
それか、今から殺し合いが始まるんじゃないの?っつードキドキ感。
それゆえに
ホンワカした会話(お互い憎まれ口ばっかりだけど)の違和感がおもろい。
奥さんにはタバコ吸ってるの内緒にしてるし。

二人は実際仲がいいのだろう。
アナライズ・ミー」(1999)とかジャームッシュの「ゴースト・ドッグ」(1999)に一緒に出てるし、テレビのCMにも一緒に出てるんだって。


ふぅ、さてコーヒー注いでこよっと。
posted by はやし at 18:06| 熊本 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

劇場感染記「コーヒー&シガレッツ」其の壱

コーヒー&シガレッツ.jpg

アメリカ、インディペンデント界のキング(と僕は勝手に思ってる)、ジム・ジャームッシュ監督が“コーヒー”と“タバコ”をめぐる11のエピソードを綴った珠玉の短編集。
単にコーヒー好き、愛煙家に向けた映画であるはずがなく、(時にずれた)会話と雰囲気は恐らく誰でも楽しむことができるはず。
そして、相反する二つの事象が実は離れられない密接な関係を持つといった摂理にも思いを馳せらせてくれる。


ジャームッシュと言えば「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991)のそれぞれのエピソードでその場にしかない空気感を味合わせてくれたり、人間自体のおかしみを描いてたりしたんだけど今回は彼がさらに時を経て経験値を増したゆえの構成の妙と言うか奥深さが加わってるんじゃないかと密かに思ってる。

オフ・ビートな間に見ているこちらが様々な思いを勝手に張り巡らせ、それをその間自体が受け容れてくれるようなお気軽さというのは相変わらずだけれども。


時を経るといえば彼の交友関係もかなり広がってるようで今回の出演者は一部を除いて彼の友人達がほとんど。
で、かなり豪華!
各々が持つ個性でストーリー自体ふくらみを持ってしまうのは当然で、
だから、
1話づつ書かせていただきます。
あくまでも雑感ね。



第1話 STRANGE TO MEET YOU
 「変な出会い
ロベルト・ベニーニ スティーブン・ライト

変な出会いで、変な会話で、変な間があき、変な別れ。
噛み合ってるようで微妙に噛み合ってない。
会話だけじゃなく存在それぞれが。

ベニーニは相変わらず飄々とした読めない男でライトのことを何度も「スティーブ!」と言い間違えるし、「頼んでおいたから」と気を利かせたつもりが二人だけのテーブルにコーヒーが5、6杯置いてある。
意味不明の席替えするし、
ライトの代わりにベニーニが「歯医者行くよ」ってなんじゃそりゃ。

バカだなぁ。

ライトの普通な会話の切り返しも微妙にクールでクスリとさせられる。

まぁ、見てて「ぽか〜ん」で終わっても何ら問題ないとは思うけど。
ライトとベニーニ.jpg
ただ、この第1話があったからオムニバスとしての「コーヒー&シガレッツ」が生まれたわけで。
1986年、アメリカの「サタデー・ナイト・ライブ」に短編を作ってくれと頼まれたジャームッシュが「ダウン・バイ・ロー」(1986) で仲良くなってたベニーニを使ったりしてちょいとカメラを回してみたのがこの第1話。

なるほどベニーニの髪がふさふさなわけだ。

この短編はテレビ番組や各種映画祭で上映されてけっこう話題になったとか。
ジャームッシュも気に入ったんだろう。
それから何年もかけてサイドワークとして同じ形態で少しづつ撮っていったらしい。

ベニーニと言えばいまや「ライフ・イズ・ビューティフル」(1998) で世界的認知度はあるけど元々ナンセンスギャグを得意とするコメディアン。
彼の脱力系ギャグ映画「ピンク・パンサーの息子」(1993)とか「Mr.モンスター」(1994) は、けっこう好き。

ジャームッシュ作品では「ナイト〜」にも出てたね。
エロタクシー運転手役で。

ライトはアメリカの俳優。
いろいろ小品には出てるけど声だけの出演作も何本かあって代表的なものはタランティーノの「レザボア・ドックス」(1991)のラジオDJ、Kビリー役かな。


1話しかかいてないのに長くなっちまった。
さてと一服、と。
posted by はやし at 23:43| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

劇場感染記「バッド・エデュケーション」

バッド・エデュ.jpg

「3日寝てねぇ・・・」
(By岸谷ゴローFrom「犬、走る DOG RACE」(1998))

いや、ちょこちょこは寝たけど最近熟睡してねぇ・・・。
映画見る体力もねーバッド(下向き矢印)
むっちゃ見たい映画が公開されているというのにexclamation

とかなんとか思ってたらスタッフおひまこさんから「もう見たよひらめきへへーん」というメールがきました。
いいなぁ。
つーか、有難うございます。送ってくれて。
なんかCine3。のスタッフって3人だけみたいたらーっ(汗)

他のスタッフも感想送っておくれーーーーーー
短くていいからぁぁぁぁぁぁぁぁ
短いの好きだしーーーーーーー
最近女の子の胸より脚に興味が移ってきたのはオヤジ化してる証拠なのだろうか?
ううむ。
夏っていいねハートたち(複数ハート)

なんの話かっむかっ(怒り)むかっ(怒り)

感想感想っと。


アルモドバル監督作品だから期待値は高かったものの、あまり多くの情報を入れないで観たことが正解だった。
余分なものが一切入っていない100%果汁のような映画。私はすごく好き。
劇中劇のストーリーと(映画の中の)現実のリンク具合も巧妙で、脚本がすごく練りこまれてた。

センセーショナルな現実、でもそこにあったのはさまざまな純愛、哀しいほどの。
イグナシオの人生って...
キャストも魅力的。
ガエル・ガルシア・ベルナルとフェレ・マルチネスのラテン系イケメン二人の競演だし、「トーク・トゥー・ハー」出演者が脇を固めてたしね。
フェレ・マルチネスかなりかっこよかったなぁ。

いい映画は、最後に証明されるもの。
エンドクレジットが終わって館内が明るくなるまで誰一人席を立たなかった。
それだけでもこの映画の良さは証明されているようなもの。
まだ観てない人は、是非。オススメです。



うぉぉぉ、強烈に見たいぞぉぉパンチ
過去、アルモドバルの映画で僕は女性観が変わったことがあって、
それ以来、彼の映画は物凄く期待してしまうんですよ。
実際、今回もいいみたいだし!!
絶対に見に行くexclamation×2
で、僕の感想もブログに載せますっ。


LA MALA EDUCACION
BAD EDUCATION      (2004)

上映時間 105 分
「秘密の先に在るのは、究極の愛か、欲望か。」

監督・脚本・制作: ペドロ・アルモドバル
出演: ガエル・ガルシア・ベルナル、フェレ・マルティネス、ハヴィエル・カマラ、レオノール・ワトリング 
    
posted by はやし at 05:17| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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