
前回の「親と子の確執、絆」つながりで。
ブロード・ウェイではロングランヒットした舞台劇の映画化でばりばりミュージカル。
内容は思いのほか重厚な家族と人種アイデンティティについてのドラマ。
ストーリーは
ウクライナの農村に住むユダヤ人のテビエは、 ユダヤの伝統を大切に守りながら暮らしてきた。政情が悪化しロシア政府によるユダヤ人弾圧が進む中、 5人の娘達は次々に伝統の枠から外へと飛び出していく。伝統を守りつつも、 外の世界の文化を受け入れざるを得ないテビエ。しかし政情の変化はテビエを否応なく飲み込み、 やがて彼は国外追放へと追い込まれる…。
って感じ。
お父さんはつらいよ!
父と娘は別れる運命、ならばこの家は俺が守る!
え?ユダヤ人だから村、出て行かなきゃならんの?
ひでぇよ、神様!
俺の家長としての頑張りは優しさは一体いつになったら報われるんでぃ!!
・・・・・
牧歌的な風景とあいまって前半は家族の話が朝の連ドラのように続くわけですね。
家族にとってのささやかな事件があり、解決していくといった感じで。
どこか微笑ましいエピソードが続いたりして。
家族は奥さんと5人の娘。
そう、家族の中で男はオヤジ一人。
しかも家族の生活は自分の働きにかかってる。
どこか孤独感を感じさせながらもそれでも陽気に娘達のことを時に厳しく、時に優しく見守るのです。
(村だから)伝統的なところにこだわりながらも娘達の意見を最後には受け入れるお人好しのオヤジ。

しかし、徐々にオヤジに怒涛の試練が舞い込んでくるわけです。
民族受難。
それにともなう娘との別離。
「何もわからなくなってきた。目の前がかすんで見える」
オヤジのこの科白、胸に突き刺さりました。
ここ数日、僕自身、人生の中でも最大級の試練が訪れ、
「何故、こんなに頑張っても報われん?非道い仕打ちをするじゃないか、神様。もう何もかもいいや」
って全てを投げ出したくなることが(一瞬ではあるけど)ありました。
でも、「負けたらアカン!」と気持ちの強い部分の残りカスを振り絞って「前向きに生きよう」と心に決めました。
そんな時、思い出したのがこの映画。
ユダヤ人であるオヤジは自分の故郷を後にしてどこかへ旅立つ。
自分達の運命を呪いながら。
しかし、ユダヤ人ということは変わらない。
付き合っていくしかない。
だから耐え忍ぶ。
しかし、
今現在、世の中を牛耳っているのはユダヤ人である。
と、どこかで聞きました。
彼らは然るべき時を超えて強くなったんだ。
・・・・・強くなろう。
曲がどれも良いからミュージカル好きな人にはかなりオススメです。
そうじゃない人もドラマパートはかなりオススメです。
映画全体としては傑作の部類に入ると思います。
ちなみに「屋根の上のバイオリン弾き」は不安定な場所での生活を強いられるユダヤ人って意味とか。
あと、Fiddlerにはバイオリン弾き以外にペテン師という意味があり、ユダヤ教の屋根の下に生きる自分達に試練を与え続ける天のユダヤの神様をバイオリン弾き(ペテン師)と皮肉っているって意味もあるらしい。
FIDDLER ON THE ROOF (1971)
上映時間 179 分
「涙を見せないで!
愛する人を追って私はシベリアへ行きます
このすばらしい愛が華麗なメロディと共に
永遠の感動を捧げる大ロマン!
屋根の上のバイオリン弾きは哀しい愛の象徴
夕陽の輝きのように美しい伝統の象徴……」
監督: ノーマン・ジュイソン
原作: ショーラム・アレイハム
音楽: ジョン・ウィリアムズ
出演: トポル、ノーマン・クレーン、レナード・フレイ、モリー・ピコン、ポール・マン、ロザリンド・ハリス
1人でゴキブリのように暮らしてる俺は何だっつうだ。
ユダヤ人ってのは結局・・・・
まあそれも含めてあれも含めて、名作ですね。
コメント有難うございます!
なるほど面白い見解ですね。
>欲求には限界なんて無くて、何を手に入れてもその先に欲しいものがあって、それが手に入らないと俺は不幸だ!なんて言い出す。そんなもんだ。
おっしゃる通り。
アメリカの突き進み方、その中核をなす『彼ら』を考えると結局・・・
映画を見た感動を誰かに伝えたくて、書き込みしちゃいました。すみません。。。「屋根の上のバイオリン弾き」の意味、そうだったんですね!音楽、よかったですよね。家族っていっても、ひとりひとり違うから理解できなくなっちゃうと切ないですよね。
「正義」の理屈を考えるんじゃなくてそれをアイデンティティとして突き進める人が世の中を変えるんだと思います。
そして自然淘汰。
「人と人とのつながりを大切にし、愛情のために相手を許すこと、そして希望を持つことが、生きるための最大の知恵であること」
全く同感です!
これを肝に銘じて生きていきたいです!
「屋根の上のバイオリン弾き」観ました。
映画も是非、チェックします。